代理権授与の表示による表見代理

民法総則代理

民法109条適用の要件

民法109条は、本人が他人に代理権を与えた旨の表示をした場合の表見代理(代理権授与の表示による表見代理)について規定する。109条の表見代理が成立するための要件は、次のとおりである。

  1. 本人が第三者(取引の相手方)に対して他人に代理権を与えた旨の表示をしたこと(代理権授与の表示)
  2. 無権代理行為が表示された代理権の範囲内で行われたこと
  3. 相手方が代理権の不存在について善意無過失であること

(1) 代理権授与の表示

実際には代理権を与えていないのに、他人(無権代理人)に代理権を与えたかのような表示をした点に本人の帰責性がある。代理権授与の表示の相手方は、特定人でも不特定人でもよい。表示の方法は、口頭、書面または新聞等の広告のいずれであってもよい。実際に問題になることが多いのは、白紙委任状を交付した場合と名義貸しの場合である。

(2) 代理行為が表示された代理権の範囲内で行われたこと

109条が適用されるのは表示された代理権の範囲内の無権代理行為についてであり、その範囲を越えて無権代理行為が行われた場合は、109条と110条との重畳適用の問題になる。

(3) 相手方の善意無過失

表見代理制度の趣旨は相手方の信頼ないし取引の安全を保護することにあるから、相手方は代理権が存在しないことについて善意・無過失でなければ保護されない(109条但書)。ただし、この要件の証明責任は、相手方ではなく本人が負う。つまり、本人は、109条の表見代理責任を免れるために、相手方が代理権の不存在を知り、または知らなかったことについて過失があることを主張立証しなければならない(最判昭41.4.22ー相手方の過失を認定して表見代理の成立を否定した)。本人による代理権授与の表示があれば、相手方が代理権の存在を信じるのがふつうだからである。

白紙委任状の濫用

白紙委任状とは

白紙委任状とは、受任者(代理人)氏名欄や委任事項欄を空白にしたまま(白地)で交付される委任状をいう。本人が作成・交付した後に他人によって白地部分が補充(記載)される。白紙委任状が交付された場合であっても、本人がその委任状を利用することを予定していた者(代理人)によって、交付時に予定されていた委任内容どおりに補充されるのであれば問題はない。しかし、委任の趣旨を逸脱して補充された場合や、白紙委任状の転得者によって利用されてしまった場合には、委任状を用いてなされた行為は無権代理行為となる。そのときに問題となるのが109条の表見代理の成否である。白紙委任状が濫用されて相手方に提示された場合に、それが「他人に代理権を与えた旨を表示した」ことになるのかどうかが問題となる。

以下、受任者欄を濫用した場合、委任事項欄を濫用した場合、受任者欄と委任事項欄をともに濫用した場合に分けて109条の表見代理の成否を検討する。

受任者(代理人)欄の濫用

本来、委任状の利用が予定されていない者(代理権を与えられていない者)によって白紙委任状が利用されたが、代理行為は予定された委任事項(代理権)の範囲内で行われた場合である。白紙委任状を本人から直接受領した者(代理人以外の者)が自らその委任状を利用して無権代理行為を行う場合や、直接受領者から転得した者によって無権代理行為がなされる場合がこれにあたる。

判例は、後者の、白紙委任状が転得者により濫用された場合において、本人が相手方に対して転得者に代理権を与えた旨を表示したものと認定して、109条の表見代理の成立を肯定する(最判昭42.11.10―白紙委任状の転得者Aが本人Bの代理人としてBを連帯保証人とする連帯保証契約を締結した事案)。

前者の、白紙委任状の直接の受領者が委任状を利用して無権代理行為を行った場合にも、109条の表見代理が成立するとされている。判例には、白紙委任状が本人AからBを介してCに交付された後(A→B→C)、Cからさらに交付されたBがAの代理人を装った場合において、直接受領者Bと受領予定者CはいずれもAから信頼を受けた特定他人であるとして代理権授与表示の存在を肯定したものがある(後掲最判昭45.7.28)。

委任事項欄の濫用

本人から白紙委任状を交付された代理人が委任の趣旨(代理権の範囲)を逸脱して委任事項を補充する場合である。この場合、代理権の範囲を越えた代理行為があったとして110条の表見代理の問題と考えることもできるが、通説は、委任事項の補充を本人による代理権授与の表示と解することができるとして、109条の表見代理の問題であるとする。

両見解の相違は、相手方の善意無過失の証明責任を本人と相手方のいずれが負うのかという点にある。すなわち、表見代理が成立するためには相手方が善意かつ無過失であったことを主張して証明しなければならないが、110条を根拠とすれば相手方がその責任を負い(証明に失敗すれば表見代理が成立しない)、109条を根拠とすれば本人が負うことになる(表見代理の責任を逃れるためには相手方が善意無過失でないことを証明しなければならない)。109条を根拠とするほうが本人に不利で相手方に有利となるが、これは本人の帰責性が大きいことを理由とする。

代理人欄と委任事項欄の濫用

本来、委任状の利用が予定されていない者(転得者)が、代理人欄だけでなく、委任事項欄についても予定された権限の範囲を逸脱して無権代理行為をした場合である。判例は、A(本人)が抵当権設定登記手続のために白紙委任状などの書類一式をBに交付したが、Bからさらに交付を受けたC(転得者)がAの代理人と偽り、根抵当権設定契約および停止条件付代物弁済契約を締結したという事案において、109条の適用を否定する(最判昭39.5.23、〔参考〕参照)。本人の帰責性は、白紙委任状が本人の予定していなかった者の手に渡って予定していなかった行為に利用されたような場合にまでは及ばないという判断である。

〔参考〕最判昭39.5.23

「不動産登記手続に要する前記の書類(権利証・白紙委任状・印鑑証明書)は、これを交付した者よりさらに第三者に交付され、転々流通することを常態とするものではないから、不動産所有者は、前記の書類を直接交付を受けた者において濫用した場合や、とくに前記の書類を何人において行使しても差し支えない趣旨で交付した場合は格別、右書類中の委任状の受任者名義が白地であるからといって当然にその者よりさらに交付を受けた第三者がこれを濫用した場合にまで民法109条に該当するものとして、濫用者による契約の効果を甘受しなければならないものではない」

それでは、白紙委任状が本人から直接交付された者によって代理人欄・委任事項欄ともに濫用された場合には表見代理は成立するか。この場合、委任状の濫用が本人から信頼を受けた特定の他人によってなされているので、本人の帰責性が及ぶと考えるのであれば表見代理が成立する余地がある。ただし、予定されていた委任事項の範囲を逸脱している部分について、代理権授与の表示があったと判断できるかどうかは問題である。この点に関して、端的に代理権授与の表示があったとして民法109条を適用するのが通説であるが、民法110条を適用する説や本人の錯誤とする説もある。

名義貸し

代理権授与の表示があるかどうかが問題となる場面のもう一つが名義貸しの場合である。

名義貸し(名板貸ないたがし)とは、他人が自己の名義を使って取引することを許諾し、または黙認することを言う。取引の相手方からみれば、本人が契約当事者であると信頼するのも無理はないのであるから、本人の表見代理責任が認められる。判例は、名義使用の黙認について表見代理責任が成立する可能性があることを肯定する(最判昭35.10.21―東京地方裁判所がその職員らが裁判所内で「東京地方裁判所厚生部」という名称を用いて活動していたのを黙認していた事案。〔参考〕参照)。

〔参考〕最判昭35.10.21

「およそ、一般に、他人に自己の名称、商号等の使用を許し、もしくはその者が自己のために取引する権限ある旨を表示し、もってその他人のする取引が自己の取引なるかのごとく見える外形を作り出した者は、この外形を信頼して取引した第三者に対し、自ら責に任ずべきであって、このことは、民法109条、商法23条〔現同法14条〕等の法理に照らし、これを是認することができる」「東京地方裁判所当局が、『厚生部』の事業の継続処理を認めた〔『厚生部』が『東京地方裁判所厚生部』という名称を用い、その名称のもとに他と取引することを認め、その職員らをして『厚生部』の事務を総務課厚生係にあてた部室を使用して処理することを認めていた〕以上、これにより、東京地方裁判所は、『厚生部』のする取引が自己の取引なるかの如く見える外形を作り出したものと認めるべきであり、若し、『厚生部』の取引の相手方である上告人が善意無過失でその外形に信頼したものとすれば、同裁判所は上告人に対し本件取引につき自ら責に任ずべきものと解するのが相当である」

〔参考〕商法14条

「自己の商号を使用して営業又は事業を行うことを他人に許諾した商人は、当該商人が当該営業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う」

民法109条の適用範囲

(1) 109条の法定代理への適用の可否

民法109条は、任意代理だけに適用され、法定代理には適用されないと解されている(大判明39.5.17)。法定代理の場合、本人の代理権授与表示がないからである。

(2) 109条の「第三者」の範囲

民法109条の「第三者」は、本人から直接に代理権授与表示を受けた者に限られ、表示を受けた者から権利を取得した者(転得者)を含まない。94条2項や96条3項の「第三者」には転得者が含まれることとは対照的である。このような違いは、表見代理が代理権の存在を信頼した者を保護するための制度であるのに対して、94条2項などは前主の権利が正当であることを信頼した者を保護する制度であることを理由とする。

もっとも、白紙委任状による代理権授与表示の場合には、白紙委任状を呈示された者が「第三者」であるから、白紙委任状の転得者から呈示を受けた者も「第三者」に含まれる。

(3) 109条と110条との重畳適用

第三者(相手方)に対して表示された代理権の範囲を越えて代理行為がなされた場合、代理権授与表示があったとは言えないので民法109条は適用されない。一方、無権代理人になんらの権限もないときには、110条適用の基礎となる基本代理権が存在しないので同条を適用することもできない。このような場合であっても、判例は、民法109条と110条を重畳的に適用することによって表見代理が成立することを認める(最判昭45.7.28、〔参考〕参照)。

〔参考〕最判昭45.7.28

売主A(本人)が所有権移転登記手続のために買主Bの代理人Cを介してBに受任者欄を白地とした(委任事項の記載はある)白紙委任状などの各書類を渡したが、さらにBからその各書類を交付されたCがAの代理人を装って第三者Dと交換契約を締結したという事案。

CとBいずれもAから信頼を受けた特定他人であって、Cにおいて各書類をDに示した以上、Aは、D側に対しCに本件山林売買の代理権を与えた旨を表示したものというべきであるとし、D側においてCに本件交換契約につき代理権があると信じ、かつ信ずべき正当の理由があるならば、民法109条、110条によって本件交換契約につき(Aは)その責に任ずべきものであると判示した。

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