物とは
民法上、「物」*は物権の客体である⁑。
* 「物」はふつうモノと読むが、法実務上は、「者」「もの」との混同を避けるためにブツと読むことが多い。
⁑ 物権の客体は物(有体物)だけにかぎられない。たとえば、権利質のように権利の上に成立する物権や、区分地上権(269条の2)のように空間の上に成立する物権もある。
民法は、「物」を有体物であると定義している(85条)。
物の要件
「物」は、物権(とくに所有権)*の客体となるのに適したものでなければならない。
* 物権は所有権だけではないが、所有権以外の物権は所有権の権能の一部をその内容とする。それゆえ、物権は所有権を中心に論じられることになる。
そこで、物は、次のような性質を備えていることを要する。
- 有体性
- 支配可能性
- 非人格性
- 特定性
- 独立性
- 単一性
①有体性
有体物とは、空間の一部を占める物質(有形的存在)をいう。自然エネルギー(電気・熱・光など)やアイデア・創作などは、無体物と呼ばれ、有体物と区別される。
民法が「物」を有体物に限定したのは、所有権の効力が及ぶ範囲を明確にするためである。
②非人格性
近代法は個人の尊厳を基本原理としているので(2条参照)、生きている人間の身体(生体)を所有権の客体とすることは許されない(非人格性)。この意味で、物は、「外界の一部」でなければならない。
もっとも、人体の一部分が分離されたときには、所有権の客体となる。たとえば、毛髪を目的物とする売買契約は有効である。
しかし、臓器、血液などを取引の対象とすることは法律で禁じられている(臓器の移植に関する法律11条、安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律16条)。配偶子(卵子・精子)・凍結受精卵についても生命倫理上の問題がある。
生体と異なり、遺体や遺骨は所有権の客体となると解されている。ただし、その所有権は埋葬管理および祭祀供養という目的によって制約されており、所有権の放棄は認められない(大判昭2.5.27)。
③支配可能性
所有権(物権)は排他的権利であるから、その客体である「物」は人による排他的支配が可能なものでなければならない(支配可能性)。天体のように人間の支配が及ばないものや、大気・海洋のように誰でも自由に利用できるものは、支配可能性が認められないので「物」にはならない*。
* 海(海面下の土地)は、公共用物(一般公衆の共同使用に供される物)であってそのままでは所有権の客体とはならないが、国が一定区画部分の公用を廃止して私人の所有に帰属させる措置をとることも可能である(最判昭61.12.16)。
④特定性
「物」は、特定していることを要する(特定性)。所有権の客体が特定しないかぎり排他的支配を及ぼすことはできないからである。
たとえば、ある商品をネット上で注文した場合、売買契約は有効に成立するが、具体的に在庫中のどの商品が注文主に配送されるかが決まるまで所有権は成立しない。
⑤独立性
一つの所有権の客体は1個の独立した物であって、物の一部(たとえば、家屋の木材)だけに所有権が成立することは認められない*(独立性)。
* 民法が規定している例外として、231条2項、242条ただし書がある。
これは、物の権利関係が複雑になることを避けて取引を安全かつ円滑に行えるようにし、また、物の分離によって社会経済的損失が生じることを避けるために要求される。
土地に関しては、例外的に、一筆の土地の一部についての譲渡や時効所得が認められている。
⑥単一性
一つの所有権の客体は単一の物でなければならず、複数の物の上には所有権は成立しない(単一性)。
ただし、特別法によって物の集合体の上に物権が成立することが認められている*。
* 立木法(立木ニ関スル法律)は樹木の集団(立木)の上に一つの物権が成立することを認め、各種財団抵当法は企業財産の集合(財団)の上に一つの抵当権が成立することを認める。さらに判例は、動産の集合体(例、在庫商品すべて)であっても一つの担保権の客体となりうるとする(最判昭54.2.15、最判昭62.11.10)。
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